海外で暮らしていて、こんな経験はないでしょうか。
日本から大事に持ち帰ってきたお気に入りの煎茶。日本で飲んだときはあんなに甘くて香りが立っていたのに、こちらで淹れてみると、なんだか渋い。香りも薄い。同じ茶葉、同じ急須のはずなのに、どうも一杯の印象が違う——。
茶葉が劣化したのだろうか、と考える方が多いと思います。でも実は、犯人は茶葉ではなく「水」であることが少なくありません。
私は現在オランダのアムステルフェーンに住んでいます。そこで今回、日本から持ち帰った高知県のお茶「土佐の緑茶」を、オランダの水道水と市販の軟水(SPA)の2種類の水で淹れ比べてみました。
結論を先にお伝えすると、同じ茶葉とは思えないほど、はっきりと差が出ました。
この記事では、その飲み比べの結果と、なぜそうなるのかという理由、そして「じゃあ結局どの水を使えばいいのか」までをまとめています。オランダに限らず、ヨーロッパで日本茶を楽しんでいるあなたの役に立つはずです。

そもそも、なぜ「水」でお茶の味が変わるのでしょうか?
お茶は、99%以上が水でできています。当たり前のようですが、これが答えのほとんどです。
お茶を淹れるという行為は、要するに「茶葉の中の成分を、お湯に溶け出させる」ことです。ということは、溶かす側の水の性質が変われば、溶け出す成分の量も種類も変わってしまうわけです。
このとき効いてくるのが、硬度です。
硬度とは、水1リットルに溶けているカルシウムとマグネシウムの量を数値化したものです。この2つのミネラルが多い水を「硬水」、少ない水を「軟水」と呼びます。
そして日本茶にとっては、この硬度がやっかいな存在になります。カルシウムやマグネシウムは、お茶のうま味成分(アミノ酸)や渋み成分(カテキン)と結びついてしまう性質があるからです。硬度が高い水で淹れると、味が淡白になり、香りが減り、水色が濁る——これは日本茶業界では以前から知られている現象です。
一般に、日本茶に適しているのは硬度30〜80mg/L程度の、やや酸性寄りの軟水とされています。日本の水道水は全国平均で約49mg/L。まさにこの範囲にすっぽり収まっています。
つまり日本人は、意識せずとも「日本茶に最適な水」で毎日お茶を淹れてきたということになります。
オランダの水道水は、本当に「軟水」なのでしょうか?
ここでオランダの水の話に移ります。
アムステルダム・アムステルフェーン一帯に水を供給しているWaternet社によると、この地域の水道水の硬度は7.8°dH(ドイツ硬度)。オランダ国内の分類では、堂々の「軟水(zacht)」です。
「なんだ、軟水なら問題ないじゃないか」と思いますよね。私も最初はそう思っていました。
ところが、これを日本でおなじみのmg/L(炭酸カルシウム換算)に直すと——およそ140mg/Lになります。
| 水 | 硬度の目安(mg/L) | 分類(WHO基準) |
|---|---|---|
| SPA Reine(市販軟水) | 約16 | 軟水 |
| 日本の水道水(全国平均) | 約49 | 軟水 |
| 東京都の水道水 | 約66 | 軟水 |
| アムステルフェーンの水道水 | 約140 | 硬水 |
| パリ | 約190〜280 | 硬水〜非常な硬水 |
| ベルリン | 約250 | 非常な硬水 |
| ロンドン | 約260〜340 | 非常な硬水 |
お分かりいただけるでしょうか。
オランダの「軟水」は、日本の水道水のおよそ2〜3倍の硬度です。日本茶に適した30〜80mg/Lという範囲は、とっくに超えています。WHOの基準に当てはめれば、これはもう「硬水」の領域なのです。
同じ「軟水」という言葉を使っていても、基準が国によってまったく違う。ここが落とし穴でした。
※ちなみに・・・オランダの水道水にも良いところがあります
硬度の話だけを聞くと、オランダの水はお茶に向いていないように思えるかもしれません。でも、日本の水道水に勝っている点もあります。
オランダは、水道水に塩素をほとんど使っていないのです。
砂丘への浸透ろ過や紫外線処理といった物理的な方法で水をきれいにしているため、日本の水道水のような「カルキ臭」がありません。日本では「お湯を2〜3分沸騰させて塩素を飛ばしましょう」と言われますが、オランダではその手間が要らないわけです。
硬度では負けているけれど、香りの邪魔になる塩素臭はない。オランダの水道水は、そういう水です。
実際に淹れ比べてみました
前置きが長くなりました。実験の話に入ります。
使用した茶葉
JA高知県「土佐の緑茶」(SILVER LABEL)
高知県産茶葉100%、一番茶の最盛期に摘んで仕上げた旨みのある煎茶です。日本から持参したものを使いました。
比較した水
- オランダの水道水(アムステルフェーンの自宅の蛇口から。硬度約140mg/L)
- 市販の軟水「SPA Reine」(ベルギー・スパ産。硬度約16mg/L、pH約6の微酸性)
淹れ方の条件
- 茶葉の量:5g
- 湯量:湯呑み1杯分(両方の水で同量になるよう揃えました)
- 湯温:70℃
- 浸出時間:80秒
- 急須・湯呑みは同じものを使用し、同時に淹れて飲み比べ
低めの温度でじっくり——旨みを引き出すための淹れ方です。湯量は計量カップではなく湯呑みに合わせていますが、水以外の条件はすべて同じに揃えていますので、出てきた差はそのまま水の差だと考えていただいて構いません。
評価の方法
市販軟水(SPA)で淹れた一杯を基準にして、「あま味・キレ・香り・水色・コク・渋味」の6項目を5段階で採点しました。あくまで私ひとりの官能評価であることは、先にお断りしておきます。
なお、日本の水道水そのものは手に入らないため、市販の軟水で代用しています。ただしSPAは日本の水道水よりもさらに軟らかい「超軟水」なので、この点は割り引いて読んでいただければと思います。
結果:甘みと香りが減り、渋みが前に出ました
まずは結果をご覧ください。

数値にすると、こうなります。
| 評価項目 | 市販軟水(SPA) | オランダ水道水 | 差 |
|---|---|---|---|
| あま味 | 2.0 | 1.5 | −0.5 |
| キレ | 2.0 | 2.0 | ±0 |
| 香り | 2.5 | 1.5 | −1.0 |
| 水色 | 2.0 | 2.5 | +0.5 |
| コク | 1.5 | 1.5 | ±0 |
| 渋味 | 2.5 | 3.0 | +0.5 |
チャートの形が、まるで違うものになりました。市販軟水が右側(香り・キレ)にふくらんだ六角形なのに対し、オランダ水道水は左上(渋味)に伸びた、いびつな三角形に近い形をしています。
いちばん差が出たのは「香り」でした
6項目のなかで、最も大きく落ち込んだのが香りです。2.5から1.5へ、まるまる1ポイント下がりました。
急須のフタを開けたときの、あの立ちのぼるような青々しい香り。オランダの水道水で淹れると、それが明らかに弱いのです。「香りがしない」わけではありません。ただ、輪郭がぼやけて、遠くにある感じとでも言えばいいでしょうか。
高いお茶を買う理由の大半は香りにあると私は思っているので、ここが削られるのは正直こたえました。
あま味も、静かに減っていました
香りほど劇的ではありませんが、あま味も2.0から1.5に下がりました。
飲んだ瞬間に「甘くない!」と分かるほどではないのですが、飲み比べると差ははっきりしています。一煎目を飲み終わったあと、口のなかに残る余韻の甘さが短い。そういう減り方です。
渋味は、むしろ強くなりました
そして渋味です。2.5から3.0へ、ここだけ数値が上がりました。
実はこれ、少し意外な結果でした。一般的には「硬水で淹れると苦味・渋味は抑えられる」と説明されることが多いからです。カルシウムがカテキンと結びついて、渋み成分が出にくくなる、と。
では、なぜ私は渋いと感じたのか。おそらくですが、「渋みそのものが増えた」のではなく、「渋みを包んでいた甘みと香りが減ったせいで、渋みだけが裸で残った」のだと思います。
日本茶のおいしさは、甘み・うま味・渋みのバランスで成り立っています。そのうち甘みと香りが引き算されれば、残った渋みが前面に出てくるのは自然なことです。オーケストラから弦楽器が抜けて、打楽器だけが妙に大きく聞こえる。そんなイメージに近いかもしれません。
水色は、むしろ濃くなりました
面白かったのが水色です。味は薄くなったのに、色は濃くなりました。
写真を見ていただくと分かりますが、オランダ水道水(左)のほうが、市販軟水(右)よりも黄色みが強く、少し濁ったような深い色をしています。
「色が濃い=よく出ている=おいしい」と思ってしまいがちですが、日本茶の場合はそうとも限りません。硬度の高い水やアルカリ性寄りの水では、カテキンが変質して水色だけが濃く、くすんだ色になることが知られています。色が濃いのに味は淡い、という逆転が起きるわけです。
見た目にだまされてはいけない、という良い教訓になりました。
キレとコクは、ほとんど変わりませんでした
一方で、キレ(2.0)とコク(1.5)は両者で差がありませんでした。
つまり水の違いが効くのは香りと甘み、そして渋みのバランスであって、お茶の骨格そのものは大きくは動かない、ということのようです。ここは少し安心した部分でもあります。


なぜ、こうなったのでしょうか
結果を整理すると、オランダの水道水では「香りが減り、甘みが減り、渋みが立ち、水色は濃くなる」という変化が起きました。
これは、硬度の高い水で日本茶を淹れたときの典型的な症状とよく一致します。
① カルシウム・マグネシウムが、うま味と香りをつかまえてしまう
日本茶のうま味の正体はテアニンをはじめとするアミノ酸です。ミネラルが多い水では、これらの成分が結合して溶け出しにくくなったり、感じにくくなったりします。香気成分も同様に立ちにくくなります。「味が淡白になり、香りも減少する」——お茶の専門家が硬水について語るとき、必ず出てくる言葉です。
② アルカリ寄りの水は、水色を濃くし、苦味を帯びさせる
日本茶に向くのは「微酸性」の水です。今回使ったSPAはpH約6の微酸性で、まさに理想的。一方、ミネラルを含む水は中性〜弱アルカリ性に寄りやすく、アルカリ性の水で淹れたお茶は赤黒っぽい水色になり、苦みを帯びるとされています。今回の「水色が濃いのに味は薄い」という結果は、これで説明がつきます。
③ そもそも、この茶葉は「日本の水」を前提に作られている
見落とされがちですが、これが大きいと思います。
日本のお茶は、日本の水で飲まれることを前提に、蒸し・揉み・火入れが設計されています。「土佐の緑茶」のような一番茶の旨みを売りにしたお茶なら、なおさらです。茶葉と水は、産地でセットになっていると考えたほうがいいのかもしれません。
結論:茶葉によって、水を使い分けるのがおすすめです
さて、いちばん知りたいのはここだと思います。「で、どっちの水を使えばいいの?」
私の結論はこうです。
日本から厳選して持ち帰った高級茶 → 市販の軟水(SPA)を使ってください
わざわざ日本で選んで、スーツケースの隙間を削って持ち帰った大事なお茶。それを香りが半分になった状態で飲むのは、あまりにもったいないです。
1本1ユーロ前後の水を使うだけで、日本で飲んだときの記憶にぐっと近づきます。高い茶葉を買ったのなら、水にもお金をかけたほうが投資効率がいいというのが、今回いちばんの学びでした。
なお、SPA以外でも硬度が低い水であれば大丈夫です。ボトルのラベルの成分表示でカルシウムとマグネシウムの値を見て、カルシウムが10mg/L前後以下のものを選べば、まず外しません。
現地のアジアンスーパーで買った日常のお茶 → 水道水で十分です
一方で、こちらのアジアンスーパーで買える日本茶を普段飲みするのであれば、水道水でまったく問題ありません。
もともと繊細な香りを追いかけるタイプのお茶ではありませんし、水道水で淹れても遜色なく楽しめます。毎日飲むお茶にまでボトル水を使っていたら、続きません。
このあたりは、割り切りだと思います。
※ちなみに・・・オランダより硬い国に住んでいるあなたへ
先ほどの表をもう一度思い出してください。パリもロンドンもベルリンも、オランダよりずっと硬い水です。
つまり、同じことをこれらの都市でやれば、今回よりもさらに大きな差が出る可能性が高いということになります。渋みだけが立った、香りのないお茶になってしまうかもしれません。
ヨーロッパの他の都市にお住まいであれば、日本茶に関してはボトルの軟水を使うのを基本にしたほうが安全だと思います。とくに玉露や高級煎茶のような、うま味と香りで勝負するお茶ではなおさらです。
よくある質問
Q. 浄水器を使えば解決しますか?
浄水器の種類によります。活性炭タイプのものは塩素や不純物は取り除けますが、カルシウムやマグネシウムは通してしまうため、硬度は下がりません。硬度を下げたいなら、イオン交換樹脂を使ったタイプか、逆浸透膜(RO)タイプが必要です。ただしオランダはもともと塩素をほとんど使っていないので、日本茶のために浄水器を導入するのはコスト面で微妙かもしれません。
Q. 水を沸騰させれば硬度は下がりますか?
一部は下がります。沸騰させると炭酸カルシウムが析出するため(ケトルの内側に付く白い水垢がそれです)、一時硬度と呼ばれる部分は減ります。ただし完全にはなくなりません。少しでもましにしたい場合は、しっかり沸騰させてから湯を落ち着かせるのは意味のある一手です。
Q. どのミネラルウォーターを選べばいいですか?
ラベルの成分表示を見て、カルシウムとマグネシウムの数値が低いものを選んでください。ヨーロッパのスーパーで手に入るもののなかでは、今回使ったSPA Reineは硬度約16mg/Lと非常に軟らかく、日本茶向きです。逆に、Evianやサンペレグリノのような硬度の高い水は日本茶には向きません。
Q. 抹茶やほうじ茶でも同じことが起きますか?
程度の差はありますが、傾向は同じです。ただし、ほうじ茶や玄米茶のように香ばしさが主役のお茶は、硬水の影響を受けにくいと感じています。逆に、玉露や高級煎茶のようにうま味と香りが命のお茶ほど、水の影響が大きく出ます。「良いお茶ほど水を選ぶ」と覚えておくといいかもしれません。
さいごに
今回の飲み比べで、私自身がいちばん驚いたのは「オランダの水は軟水だから大丈夫だろう」という思い込みが、きれいに外れたことでした。
同じ「軟水」という言葉でも、国が違えば中身が違う。数字を調べて、実際に飲み比べてみて、ようやくそれが腑に落ちました。
海外で日本茶を飲んでいて「なんだかいつもと違うな」と感じているのなら、茶葉を疑う前に、一度だけボトルの軟水で淹れてみてください。もし味が戻れば、原因は水です。茶葉はまだ元気だった、ということですから、これはむしろ良い知らせだと思います。
海外で日本茶を楽しむための工夫は、まだまだありそうです。次は水温や急須のことも書いてみたいと思っています。
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あなたの海外での一杯が、少しでもおいしくなりますように。
参考にした情報源
- Waternet「Tap water hardness in and around Amsterdam」(アムステルダム周辺の硬度 7.8°dH)
- 東京大学 教養学部報「水道水の味は日本全国同じ?水道水の硬度分布の可視化の試み」(日本の水道水の硬度分布)
- お茶百科(日本茶業中央会)「お茶のおいしさを決める水と温度」(硬度・pH・塩素がお茶に与える影響)
- 京都 三条ちきりや「日本茶に適した水は、硬水?軟水?」(推奨硬度・WHO硬度分類)
- FineWaters「SPA」(SPA Reineの成分値)

