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お茶の味は、茶葉で決まる。
——ずっとそう思っていました。実際、その通りではあります。良い茶葉を選び、水を選び、温度を選ぶ。このブログでも何度も書いてきたことです。
ただ最近、それとはまったく別の軸で、日本茶の時間が変わる瞬間があることに気づきました。
茶器です。
もっと正直に言うと、味そのものより先に、自分のテンションが変わりました。同じ茶葉、同じ淹れ方なのに、一杯に向き合う姿勢が変わる。お茶を淹れる時間そのものが、ちょっとした行事になる。これは想像していた以上の効果でした。
「茶器にこだわる」と聞くと、茶道の道具一式を思い浮かべて身構えてしまう方が多いと思います。私もそうでした。でも、煎茶を家で飲むだけなら、こだわる対象は3つで足ります。お盆と、急須と、湯呑。それだけです。
この記事では、そのうち私が実際に手に入れた2つ——常滑焼の急須と、香川漆器のお盆——を紹介しながら、「茶器にこだわると日本茶人生はどう変わるのか」という話を書いていきます。
そして最後に、まだ見つけられていない3つ目、湯呑についてはあなたのおすすめを教えてください。

茶道は無理でも、煎茶なら「3つ」でいい
茶道の道具は、数え上げるときりがありません。茶碗、茶杓、茶筅、棗、釜、柄杓、建水、風炉先屏風……。あの世界の奥深さには心から敬意を持っていますが、正直に言えば、私のような日常の茶飲みが足を踏み入れるには少し遠い。
その点、煎茶はずいぶん気楽です。
必要なのは、お茶を淹れる器(急須)、お茶を飲む器(湯呑)、そしてそれを載せる場所(お盆)。この3つで一式が完成します。湯冷ましや茶托を足す方もいますが、なくても困りません。
つまり、こだわるべき対象がはっきりしている。3つだけなら、ひとつひとつを納得いくまで選べます。選択肢が少ないというのは、初心者にとってはむしろ贅沢なことだと思うのです。
そして3つのうちどれか1つでも「これは良いな」と思えるものに替えると、それだけで食卓の景色が変わります。私の場合、最初に替えたのは急須でした。
こだわり① 急須|常滑焼・二代目玉光(梅原廣隆)の黒泥

写真がその急須です。愛知県常滑市の窯元・玉光陶園、陶号「二代目玉光」こと梅原廣隆さんの作品で、色は黒泥(こくでい)。平たい丸型に、ロクロの筋がすっと入っています。
常滑焼の急須が「おいしい」と言われる理由
常滑焼は、日本の急須の代名詞のような存在です。理由は、単に産地として有名だからではありません。
常滑の土は、酸化鉄を多く含んでいます。そして常滑焼の急須は釉薬をかけない「無釉の焼き締め」でつくられる。この2つが組み合わさると、何が起きるか。
窯元の玉光陶園はこう説明しています。陶土が持つ鉄分と、お茶のタンニンが結びつくことで、苦味・渋味が程よくまろやかになる、と。さらに焼き締めの多孔質な内壁が、渋み成分であるカテキンを吸着する働きもあるそうです。
つまり常滑焼の急須は、器でありながら、味に関与しているわけです。ガラスや磁器のポットとの決定的な違いはここにあります。急須そのものの選び方については急須って何?急須の特徴と選び方!!でも書いているので、あわせて読んでみてください。
写真の急須は黒ですが、これは黒い土を使っているわけではありません。常滑の朱泥土を、鉄分が還元されるよう温度をコントロールして焼くことで黒く発色させたもの。赤い土から黒が生まれるというのが、なんとも面白い。
添えられていた一枚の紙
この急須を手にしていちばん驚いたのは、実は器そのものより、一緒に入っていた紙のほうでした。
写真の左下に写っている、あの和紙です。「陶歴」と書かれていて、作り手の経歴がびっしりと縦書きで並んでいます。
初代玉光師のもとで修業したこと。日本煎茶工芸展に二回入選したこと。長三賞陶業展での受賞歴。日本伝統工芸士会展への入選。二代目を継いで玉光陶園を法人化したこと。穴窯(椎ノ木窯)を自ら築いたこと。そして、経済産業大臣認定の伝統工芸士であること。
……これ、湯呑1杯分のお茶を淹れるための道具に添えられている紙なんです。
私はこれを読んだとき、「ああ、自分はいま、ひとりの人の職業人生ごと買ったんだな」と思いました。大量生産の製品には絶対に付いてこない感覚です。
使ってみて分かった、いちばんの効果
肝心の使い心地ですが——正直に書きます。
「明らかに味が変わった!」と断言できるほど、私の舌は鋭くありません。前の急須と厳密な比較実験をしたわけでもないので、味について大げさなことは言わないでおきます。
でも、間違いなく変わったことがひとつあります。
お茶を淹れる時間が、雑にならなくなりました。
この急須を出してくると、なんとなく背筋が伸びる。湯温を測るのが面倒だと思わなくなる。80秒をきちんと待てるようになる。急須の蓋を開けたときの香りを、ちゃんと嗅ぐようになる。(淹れ方そのものは高級煎茶を最大限に堪能できる淹れ方とは?にまとめています)
結果として、お茶はおいしくなりました。器が味を変えたのか、器が私の淹れ方を変えたのか。おそらく後者の比重のほうがずっと大きいと思いますが、飲み手にとってはどちらでも同じことです。
デメリットも書いておきます
- 食洗機は使えません。洗剤も基本的に使わず、お湯でゆすいで自然乾燥です。手間だと感じる人はいると思います。
- 茶渋が付きます。焼き締めなので当然といえば当然で、これを「育つ」と捉えられるかどうかで評価が分かれます。
- 落としたら終わりです。陶器なので当たり前ですが、緊張感はあります。
ちなみに、同じ「玉光」名義の常滑焼の黒い急須は楽天市場でも扱いがあります。私のものとは形が違いますが、伝統工芸士の手による常滑焼の急須がどれくらいの価格帯なのか、ひとつの目安になると思います。
こだわり② お盆|香川漆器・象谷塗(ぞうこくぬり)

2つ目は、お盆です。
正直に言うと、茶器にこだわると決めたとき、お盆は完全に後回しの候補でした。「載せるだけの板でしょう」と。
これが、いちばんの誤算でした。
「載せるだけの板」ではなかった
写真を見てください。表面の、この不規則な凹凸。
これは象谷塗(ぞうこくぬり)という技法です。香川漆器の伝統技法のひとつで、昭和51年に国の伝統的工芸品に指定されています。
名前の由来は、香川漆芸の創始者である玉楮象谷(たまかじ ぞうこく)。中国から伝わった漆器の技法を研究し、そこに日本古来の技法を加えて独自の世界をつくった人物です。その名前がそのまま技法の名前になっている。
つくり方が独特で、ロクロで挽いた木地を固め、生漆を刷毛で摺り込んだあと、川辺や池に群生するイネ科の多年草(真菰)の稈に入っている粉末を撒くのだそうです。そのうえで摺り漆で仕上げる。
写真の表面が均一な塗りではなく、一見すると乱雑に見える模様になっているのは、そのためです。公式の解説では「堅牢な民芸調の漆器」「菰打ちした淡い色調が独特の陰影を感じさせる」と表現されています。まさにその通りで、光の当たり方で表情がまるで変わります。
ちなみに香川県は、漆器だけでなくお茶の産地でもあります。三豊市の高瀬茶を象谷塗の盆に載せれば、香川づくしの一服になりますね。
お盆を替えると「場」ができる
使ってみて分かったのは、お盆の役割は物理的なものではないということでした。
お盆を置いた瞬間、そこがお茶の場所になるんです。
これまではダイニングテーブルの上、ノートパソコンの横で湯呑を傾けていました。お盆を置くと、そこだけ空間が切り取られる。急須と湯呑を載せると、なんというか、ちゃんとお茶を飲む格好がつく。
写真を撮るときの見栄えも段違いです。このブログの写真も、お盆を導入してから明らかに撮りやすくなりました。
そして漆器は、使うほど雅味を深めるとされています。今はまだ買ったばかりの顔をしていますが、5年後、10年後にどうなっているのか。それを見届けられるのも、こういう買い物の楽しみだと思っています。
デメリットも書いておきます
- 直射日光と乾燥に弱いです。漆は紫外線で劣化するので、置き場所は選びます。
- 食洗機・電子レンジは当然不可。柔らかい布で拭くだけです。
- 凹凸に汚れが溜まります。象谷塗は表面が平らではないので、こぼしたら早めに拭く必要があります。
私のものは角盆ですが、同じ香川漆器の象谷塗には、彫り目を活かした茶菓盆もあります。お茶とお菓子をひとまとめに載せられるサイズなので、最初の一枚としてはこちらのほうが使いやすいかもしれません。
こだわり③ 湯呑|まだ、見つかっていません
そして3つ目。ここは正直に書きます。
湯呑は、まだ「これだ」と思えるものに出会えていません。
冒頭の写真に写っている白い器は、湯呑ではなく、茶碗のような少し平たい形の真っ白なものです。今回の3点を揃えるにあたって、急ごしらえで準備しました。
もちろん、これはこれで悪くありません。真っ白な内側は、お茶の水色(すいしょく)がいちばん正確に見えるという大きな利点があります。このブログのように水色の写真を撮る立場からすると、白磁は実務的にかなり優秀です。平たい形なので香りも立ちやすい。
ただ、「工芸に触れている」という感触は、急須やお盆に比べると薄い。作り手の顔が見えないのです。
急須と盆で味をしめてしまった以上、湯呑にも同じものを求めたくなりました。手に取ったときに、誰かの手仕事だと分かるもの。萩焼のような貫入が育つものか、白磁でも作家ものか、あるいはガラスという選択肢もある。まだ決めきれていません。
あなたのおすすめの湯呑を教えてください
そこで、お願いがあります。
「この湯呑はいい」というものをご存じでしたら、ぜひ教えてください。
このサイトのお問い合わせフォームからでも構いません。産地・窯元・作家名だけでも、「こういう形が飲みやすい」といった感覚的な話でも大歓迎です。特に知りたいのは、次のような点です。
- 煎茶(少量・高温すぎない湯)に向く形はどれか
- 白磁以外で、お茶の水色を楽しめる器はあるか
- 実際に毎日使っていて、割らずに続いているものは何か
私は現在オランダに住んでいて、日本の実店舗で器を手に取れる機会が年に一度あるかどうかという状況です。だからこそ、実際に使っている方の声がいちばんありがたいのです。
そして——
気に入った湯呑が見つかったら、この記事を更新します
いただいた情報も参考にしながら、納得できる湯呑に出会えた時点で、この記事に「こだわり③」として追記します。
そのときは、これまでの記事と同じように、実際に自分で使って、自分で写真を撮って、良い点も悪い点も正直に書くつもりです。3つ目が埋まるまで、この記事は未完成のまま置いておきます。
「日常使いできなくなっても大丈夫」という考え方
こういう買い物をためらう理由として、いちばんよく聞くのがこれです。
「良いものを買っても、結局もったいなくて使わなくなる」
これについて、私はわりとはっきりした答えを持っています。
使わなくなっても、いいと思っています。
茶器の良いところは、日常から外れても行き場があることです。毎日使うのが億劫になったら、お客さんが来たときの器にすればいい。年に数回、誰かにお茶を出すためだけの道具として生き残れる。それでも十分に元は取れます。
むしろ、「特別なときの器」として棚に置いてあること自体に意味があるとすら思います。それは家に一組あるだけで、いざというときに慌てなくて済む種類の備えです。
そしてもうひとつ。
私がこの2つを買って強く感じたのは、大量生産・大量消費とはまったく別の時間軸に触れられるということでした。
数百円の器を数年ごとに買い替える人生と、伝統工芸士がつくった急須を10年、20年と使い続ける人生。金額だけを見れば前者のほうが安いように見えますが、文化と技術を自分の手と舌で味わえる時間という尺度を持ち込むと、話はまったく変わってきます。
急須を洗いながら、常滑の土のことを考える。お盆を拭きながら、真菰の粉を撒く職人の手を想像する。お茶を淹れる数分間が、日本の工芸に触れる時間になる。これは茶葉をどれだけ良いものにしても得られない種類の豊かさでした。
まず1つだけ替えるなら、どれか
とはいえ、いきなり3つ揃えるのはハードルが高いと思います。私の実感としての優先順位を書いておきます。
| 順位 | 茶器 | 理由 |
|---|---|---|
| 1 | 急須 | 味に直接関与する唯一の器。常滑焼の焼き締めは渋みをまろやかにする。淹れ方そのものが丁寧になる効果も大きい |
| 2 | お盆 | 「場」ができる効果が想像以上。写真映えも段違い。急須ほど高価でないものも多い |
| 3 | 湯呑 | 最も好みが分かれる。数を揃える必要もあるので、急いで決めないほうがいい |
迷ったら急須です。味への影響と、自分の所作への影響。その両方が返ってくるのは急須だけです。
そして選ぶときは、作り手や産地が分かるものを選んでください。陶歴の紙が1枚入っているかどうかで、その器と過ごす時間の質が変わります。これは本当です。
よくある質問
Q. 常滑焼の急須は、どのくらいの価格帯ですか?
窯元の量産品なら3,000円台から見つかりますし、伝統工芸士の作品になると1万円前後〜数万円が中心です。作家名が入るかどうかが大きな分かれ目になります。最初の1つなら、無理に作家ものにする必要はないと思います。まずは常滑焼の焼き締めであること、茶こしが目詰まりしにくい構造であることを優先してください。
Q. 深蒸し茶を飲むのですが、急須選びで注意点はありますか?
深蒸し茶は茶葉が細かいため、茶こしの目が細かく、面積の広いタイプを選んでください。常滑焼にはセラメッシュ(陶製茶こし)や大きなステンレス網を備えたものがあり、深蒸し用として売られていることが多いです。目の粗い急須だと、注ぐたびにストレスになります。(浅蒸し茶と深蒸し茶の違いはこちら)
Q. 漆器のお盆は、お茶をこぼしても大丈夫ですか?
すぐに拭けば問題ありません。漆は水に強い素材です。ただし長時間の放置と、熱湯を直接かけること、そして直射日光は避けてください。乾いた柔らかい布で拭くのが基本のお手入れです。
Q. 海外在住でも茶器は手に入りますか?
日本からの通販が現実的です。ただし陶器と漆器はどちらも輸送に弱く、送料も重量でかさみます。私は一時帰国のタイミングで買って、緩衝材で厳重に包んで機内持ち込み手荷物で運びました。急須は特に、注ぎ口が最も折れやすいので、そこを重点的に守ってください。
Q. 茶托は要りませんか?
なくても困りません。私も持っていません。お盆があれば、お盆が茶托の役割を兼ねてくれます。3つに絞るという意味では、茶托は後回しでいいと思います。道具の全体像はお茶を楽しむための必須道具を知っていますか?にまとめています。
さいごに
茶器にこだわると、日本茶がおいしくなる——という言い方は、たぶん少し正確ではありません。
正しくは、茶器にこだわると、お茶を淹れる自分が変わる。その結果、お茶がおいしくなる。
私はまだ3つのうち2つしか揃えられていません。それでも、お茶の時間は確実に変わりました。急須の蓋を開ける瞬間が、一日のなかの小さな楽しみになっています。
もし今、良い茶葉を選ぶことには気を配っているけれど、器は昔からある適当なものを使い続けている——という状態なら、次の投資先は器かもしれません。茶葉は飲めばなくなりますが、器は残ります。
そして繰り返しになりますが、湯呑のおすすめがあれば、ぜひ教えてください。良い出会いがあったら、この記事にその話を書き足しにきます。
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あなたの一杯が、器ごと楽しいものになりますように。
参考にした情報源
- 有限会社玉光陶園「常滑焼の特徴」(無釉の焼き締め、陶土の鉄分とお茶のタンニンの結合、カテキンの吸着)
- 有限会社玉光陶園「玉光陶園について」(1961年初代創業、1988年に梅原廣隆が二代目として法人設立、朱泥土からの黒色発色)
- 急須に添付されていた「陶歴」(二代目玉光・伝統工芸士 梅原廣隆の受賞歴、椎ノ木窯)
- 香川県漆器工業協同組合「象谷塗(ぞうこくぬり)」(玉楮象谷、真菰の粉、摺り漆仕上げ、民芸調の作風)
- 香川県「香川の3技法」(香川漆器の伝統技法と昭和51年の伝統的工芸品指定)


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